この記事は2020年12月23日に開催されたWebセミナー「DXを徹底解説!ビジネスパーソンのためのDX入門セミナー」のレポートです。
※記事化のために一部を編集しています。
2020年12月23日、“中山ところてん”として知られる株式会社NextInt代表の中山心太氏と、株式会社アイデミーの共催セミナーが開催されました。Aidemy Businessの新講座「ビジネスパーソンのためのDX入門講座」を制作された中山氏が、そのエッセンスを凝縮してお話しくださいました。進行は、アイデミーで開発本部コンテンツ部長を務める登坂直矢です。
中山ところてん(中山心太)氏
株式会社NextInt代表
著書:
- 『仕事ではじめる機械学習』(共著)オライリー・ジャパン
- 『データサイエンティスト養成読本ビジネス活用編』(共著)技術評論社
主な仕事:
- 機械学習システム構築に関する技術顧問
- 各種スポットデータ分析業、ビジュアライズ
- 業務改善コンサルティング、DX支援
- 新規事業コンサルティング、PoC構築
- ゲームディレクター
登坂直矢
株式会社アイデミー 開発本部コンテンツ部長
登坂
本日のセミナーには、私ども株式会社アイデミーのサービス「Aidemy Business」で、「ビジネスパーソンのためのDX入門講座」を制作してくださった通称ところてんさんこと、中山心太さんをお招きしました。
中山
株式会社NextIntの代表、ところてんです。本業は、どちらかというと機械学習や統計分析です。具体的には、機械学習のシステム構築の技術顧問や、スポットでのデータ分析、今回のような業務改善のコンサルティング、DXの支援、新規事業のコンサルティングのためのPoC開発などです。その他にも、ゲームディレクターのお仕事もお受けしています。
登坂
早速ですが、2020年11月にリリースした新コースについて、ところてんさんからご紹介をお願いします。
中山
このたびアイデミーさんで「ビジネスパーソンのためのDX入門講座」という講座を持たせていただきました。3時間ほどの講座ですが、今日はそれを短くまとめてご紹介します。
ディテール版が約3時間、サマリー版が約1.5時間で、自分が話したいこと、また、自分が大学1年生や新卒社会人1年目の頃に聞きたかった話を全部詰め込みました。非常に長いのですが、価値のある話だということで好評いただいています。
では早速、DXの定義から見ていきましょう。
ビジネスパーソンのためのDX入門
引用 :DXレポート簡易版
これは経産省によるDXの定義です。経産省はIDC Japan株式会社から引用していますが、この文章を見ても全くわかりませんので、解説すると下記のようになります。
カッコ書きは、私が補った部分です。今、新興デジタル企業のディスラプション、ソフトウェアによるディスラプションによって、外部エコシステムが急速に変化しています。例えばUberやNetflixなどによって、既存の産業がどんどん脅かされていますが、これはありとあらゆる産業で起こっています。
新興デジタル企業に対抗するには、自社内もデジタル企業に変革する必要があります。これまで「自社でIT資産を持ってなんとかしよう」という場合の、第一のプラットフォームがメインフレーム、第二のプラットフォームがオンプレサーバでした。そして、「外部のプラットフォームを使って、アジリティの高いビジネスを行いましょう」というのが、第三のプラットフォームというわけです。
これによって、デジタル技術を活用した新しい製品やサービス、ビジネスモデルを確立しましょうということで、製品の提供ではなく、顧客エクスペリエンスの提供が価値であると示されています。こうして競争優位性を獲得するのがDXだと言えます。
なぜDXはわかりづらいのか?
これでもDXというものが何なのか、まだ抽象的でよくわからないのではないでしょうか。
なぜこんなにDXがワケのわからないことになっているのかと言えば、経産省の主張するDXと、欧米の大企業で行われているDXが乖離しているからなのです。
欧米と日本でDXの定義が乖離
もともと、DXが欧米で流行した時には、言わば「シリコンバレーのスタートアップのような組織になる」のがゴールでした。大企業がその機能や開発手法をどのように持ち、新興企業と戦う体制をどのように作るか、というのが最初のDXでした。
そのために必要なのは、開発・デザインの内製化、デザイン思考、DevOps体制、アジャイル開発に加え、リーンキャンバス、SaaS事業を評価するためのユニットエコノミクスといった業績評価指標を入れることなどでした。スタートアップの方法でディスラプトな製品を作っていく、という組織体制の構築が、欧米でのDXだったわけです。
これが日本に入ってきた時に、経産省は自分たちが課題だと思っていることに、海外で流行していたDXのラベルを結びつけてしまいました。その結果、経産省の「DXレポート2025年の崖」が出てきます。
日本におけるDXは、既存のレガシーシステムがヤバいとか、日本企業がIT投資していないとか、CIOがいないのが悪いとか、結局、経産省の課題感がDXと結びついてしまっているのです。そのため、日本におけるDXは本当によくわからないことになっています。
日本のDXは闇鍋状態
欧米から来たDXという概念と、経産省の課題感としてのDX、2つのDXが日本に存在しています。さらに世間では「一発逆転としてのAI投資、IoT投資」がDX文脈と融合してしまいました。その結果、「欧米のDX」「経産省の課題感」「一発逆転としてのAI投資」、この3つが混ざりあったものがDXになってしまったのです。
「DXをやる!」という時に、「そのDXは、どのDXですか?」と問わなくてはなりませんが、それを解きほぐしていくとDXは簡単な概念になるわけです。
現状認識に多大な知識を要求する
さらに、DXは現状認識に多大な知識を要求します。過去60年以上にわたるコンピュータ産業の進歩の歴史、戦後70年以上にわたる日本の労働環境の変化の歴史、過去30年にわたるコンピュータを活用した働き方の変遷をおさえた上で、新興企業の事例を調べて、彼らがどんなディスラプト圧力をかけているか知らなくてはなりません。
経産省の課題感を理解するためには、要求される知識量が非常に大きいのです。
日本独自のDXを行う上での課題
なおかつ、日本独自のDXを行う上での課題として、日本の労働法の制約からくるIT人材の雇用問題やSI企業との分業体制の問題や、失われた20年におけるIT投資の抑制を理解する必要があります。日本は不況だったこの20~30年間、IT投資を抑制してきました。
その結果として、いたるところに残っている老朽化したITシステムをなんとかすることが経産省の課題です。それがそのままDXという言葉と結びついてしまいました。「日本のコンピュータシステムには課題があるため、表舞台に立てません」という経産省の思惑を理解する必要があるのです。
過渡期の技術がDXとして紹介されている
さらには、RPA、OCR、ノーコードなど、過渡期の技術がDXとして紹介されています。RPAやOCRは、DXの最初期に工数削減として導入する技術です。短期的な工数削減にはなるのですが、本来は業務設計から行わないと競争力を維持することはできません。
RPAやOCRを作っている業者、コンサルやベンダーの多くは「自分たちの製品を買うとDXですよ!」と言うのですが、何がDXか、なぜDXをしなくてはならないか、語ってはくれないのです。自分たちの製品を買うこと=DXである、と、雑なラベリングをして宣伝していることもあって、DXはわけのわからないことになっています。
なおかつデジタルなプロダクトは、ディスラプトなプロダクトなので、NetflixやInstagramの登場前にそれらを定義することはできません。DXでデジタルなプロダクトを作ることになっても、何を作ったらいいのか、何を目指してどんな活動をしたらいいのかわからず、迷走することが多々あります。
また、DXにはさまざまな段階が存在していますが、それらがいずれもDXとして紹介されているので混乱します。これは後ほど説明します。
大きく分けて2つのDXが存在する
DXを整理した図がこちらです。経産省が思い描く課題感における日本的なDXが「モード1」です。そして、欧米で言われているところの本来のDXが「モード2」です。
モード1は、守りのIT、System of Record(SoR)、つまり既存の業務の再設計・合理化、コスト削減、正しく記録を行うシステムを作りましょう、という部分です。オフィス・オートメーション、ファクトリー・オートメーション、RPAもここに入ります。現状は、これができていない企業が大半なので、これができるだけで競争優位性があります。さまざまな会社が「〇〇でDX!」と言って、海外で言うところのDXと違うことを事例として取り上げているのはここが理由です。そして、これがDXだと言われているのです。
ただ、欧米で言われているDXは、モード2の、攻めのIT、System of Engagement(SoE)で、新規事業を作り出すためのプロセス、デザイン思考や、アジャイル開発、答えがないものを模索していかに作り上げていくか、そういった体制の構築を指します。
このように、モード1とモード2は全くの別物です。それを混ぜ合わせて同じ箱に入れ、「これがDXです」と言っているので、わけのわからないことになっているのです。
DXの流れと、技術をマッピング
モード1とモード2は、プロセスイノベーションとプロダクトイノベーションという言葉に置き換えることができます。簡単に言うと、「コスト削減」と「売上アップ」です。
例えば、「RPA」はレガシーシステムを延命するために使います。そのため、「レガシーシステムのモダナイズ」の辺りに位置します。「クラウド」を使うことも同様です。クラウドを使ってDXと言っても、まだまだこの辺りに過ぎません。また、「OCR」「脱ハンコ」「ChatBot」は「既存アナログ業務をデジタルで再設計」の周りです。
「統計・可視化」や「プログラミングスキル」は「開発の内製化、ノウハウの蓄積」の流れの一部です。「Developer Experience」のある会社にして開発者が心地よい会社を作っていきましょう、「デザイン思考」「ビッグデータ」「DevOps」の体制でプロダクトの開発とOpsを一体化していきましょう、というのは「デジタルな組織への変革」にあたります。「IoT」で付加価値の高いサービスを作ったり、自分たちで「AI」を作って何か新しいビジネスをやりましょう、となると「デジタルなプロダクト」の辺りになってきます。
ただし、自分たちでAIを開発せずに、買ってきたAIをそのまま突っ込むだけであれば、AIでも「既存のアナログ業務をデジタルで再設計」のところに入るかもしれません。「ブロックチェーン」「AR/VR」、工場などで言われている「デジタルツイン」、「Connected Worker」などといった、労働者がGoogle Glassをつけて働く世界のようなものは「市場競争力の確立」の辺りにあるわけです。
この大きいDX全体の中で、それぞれの技術が一部のパートを担います。つまり、いずれかの技術を採用したからといってDXができた、ということにはならないのです。特に、AIやIoTはDXではなく、デジタルなプロダクトを構成する一技術にすぎないことは、明確に言っておかなければなりません。
多くの組織は「AIやIoTに投資すればDXだ!」と勘違いしていますが、そうではなく、デジタルな組織に転換した上で、AIやIoTのようなプロダクトをそこに乗せなければならないのです。組織があり、技術があり、プロダクトがあるという階層構造を作っていかなければ、デジタルな組織への転換は実現できません。
DXによるイノベーションの種類
DXによるイノベーションの種類としては、プロセスイノベーションのDXと、プロダクトイノベーションのDXがあります。プロセスイノベーションのDXは、既存技術を用いてプロダクトのコスト、リードタイムを削減していきます。これは既存のIT技術による恩恵を、比較的簡単に享受することが可能です。自分たちで開発しないのなら、AIやIoTサービスの導入は基本的にプロセスイノベーションに過ぎません。
一方、プロダクトイノベーションのDXは、デジタル技術を用いて新しい市場を作っていくものです。既存製品をそのままデジタル化したために、新製品と既存製品が競合するようなことがプロダクトイノベーションのDXではよく起こります。
これはいわゆるイノベーションのジレンマというもので、新製品と既存製品がコンフリクトするので、そこでカニバリズムが起きて、社内調整で頓挫して製品が出せない、といったことが非常によくあるのです。こういったところを上手く社内調整する、もしくは社内調整しなくていい体制をどのように作るか。それに加えて、存在しない新しい製品をどのように作るか。そういったものを作り上げていく社内体制の構築が必要になります。
あなたの会社のDXはどちらを志向していますか? この問いを自分自身にぶつけてみると、「うちの会社のDXは、プロダクトイノベーションの方を志向していた」「それなら、やらなくてはならないことは何だろう?」といったように、DXを進めやすくなります。「DXを進める」という雑な言葉を使っているからDXが進まないのであって、例えば「プロセスイノベーションなのか、プロダクトイノベーションなのか」とか、「自社が目指しているDXはどの段階にあるのか?」などを考えてみることが必要です。
そうすることでようやく、何をやらなくてはならないのか、どのように進めていけばいいのか、わかるようになってきます。
DXは何を目指したらいいのか?
多くの企業は「我々は新しいプロダクトを作るのだ!」と、プロダクトを目指そうとします。しかし、それはゴールにはできません。なぜなら、ディスラプトは定義できず、ないものを想像することはできないからです。
UberやYouTubeの登場以前には、それらを定義することはできませんでした。2000年代のYouTube登場前に「YouTubeの事業計画書を書いてください」と言われても無理なのです。デジタルなプロダクトをいきなり作るのは非常に難しく、多くの企業が先進的なプロダクトを作ろうとして、数多くの大きな失敗をしています。
しかし、デジタルな組織の構築は目指すことができます。欧米で行われているDXの方法論がお手本になるからです。シリコンバレー的な組織を構築する方法論のもとで、ディスラプトな製品を作ると、運用コストを極限まで下げることができ、強い競争力が生まれます。なおかつ、そういった組織を作ると、自らシステムを開発し続けることができて、市場の変化に対して非常に強くなっていきます。
目指すべきは、デジタルネイティブな組織づくりです。では、デジタルネイティブな組織とは何なのでしょうか。デジタルを活用したコミュニケーションや働き方についてなど、講座の本編で詳しく解説していますので、ぜひご覧いただければと思います。
本講座におけるDXの定義
本講座におけるDXの定義は「デジタルネイティブな組織を目指すこと」です。では、「今この瞬間、あなたの会社と同じ業種がシリコンバレーで創業したとして、彼らはどんなことをしているか?」ということを想像してみてください。この質問をぶつけてみると、比較的ゴールが明確になるのではないかと思います。「デジタルネイティブな組織を目指す」とはどういうことなのか、どういったゴールなのかわかってきます。
例えば、創業者はコンピュータサイエンスの修士課程を出た3人組だとします。どうやって考えた、どんなビジネスを展開しているのか。どのように収益を得て、どんなオペレーションをしているのか。どんなワークフローで、どのようにユーザーサポートを行って、どういうコミュニケーションをしているのか。
こういったことを考えていくと、その答えが「DXで目指すべき組織」になってきます。逆にこれが考えられなければ、身も蓋もない言い方をすると、勉強不足ということになるのです。ちなみに、この「彼らがどんなことをしているか?」については、講座本編で詳しく説明しています。
質疑応答
Q:他社のDX事例を検索しても表面的な内容ばかりで、会社が実行する際の参考になるものは見つかりません。何か具体的な検索方法などがあれば教えてほしいです。
中山
この質問への回答については、こちらのスライドをご覧ください。
生産性やパイプラインを考えて、どこをどのように直していけるか、どのプロセスをどう直していくか考えないと、検索するキーワードそのものが出てきません。わかっていないから探せないという状態なのです。DXは漫然と検索していても何も出てきません。そして先述の通り、コンサルやベンダーは自分たちの製品を売るために“How”しか語ってくれません。
検索方法を検索する前に、自分たちの仕事における課題抽出を行いましょう。質問者の方は、課題抽出ができないために適切な検索ワードが出せず、検索に失敗しているのではないでしょうか。
Q:プロダクトイノベーションを行う前には、ベースとしてプロセスイノベーションを固めておく必要があると理解しました。間違いないでしょうか?
中山
プロセスイノベーションを固めておく必要の有無で言えば、あります。なぜなら、自分たちの業務をデジタル化することで、それががどんどん観測可能になっていくからです。業務の分析が可能になった上で「じゃあ次は何をやろうか」とか、業務をデジタルなインフラの上に載せ直した後で「この先、どうやってそれを新しいプロダクトにしていくか」という話になるのです。
現状では、少なくともプログラマーがいないとプロダクトは作れません。社内にプログラマーがいるのであれば、まず自分たちの組織の改善から取り組むと、圧倒的にコストが改善していきます。
Q:企業の中に“ミニ〇〇”のような会社や事業を作って、モード1・モード2のDXを同時に行うことはできないでしょうか?
中山
これについては、ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセンが書いた「イノベーションのへの解」を読んでください。分社化や事業部を作るとは、そこの評価制度を変えることです。それによって、モード2のビジネスを邪魔されないようにしましょうと。事業部を作る、分社化する、子会社を作る、場合によってはベンチャー企業に投資する、などでもいいわけです。
例えば最近は、投資されたベンチャー企業と作った合弁会社経由で社内の改革に取り組む会社さんも多くあります。「同時に行うことはできないものか?」という質問に対しては、できます、というのが答えです。
また、『GE 巨人の復活 シリコンバレー式「デジタル製造業」への挑戦』という書籍には、アメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)がどのように自社をDXしたか、欧米のDXはどうなっているのか書かれています。こちらもぜひ読んでみてください。
Q:受託系SIが顧客のDXにコミットするには、何を準備して何を提供するのがいいでしょうか。
中山
受託系SIが顧客のDXにコミットする場合は、顧客に「あなた方のDXは何ですか?」と聞いてください。顧客がDXという言葉を雑に扱っているために、何を提供すればいいかわからなくなるケースがありますので。もしくは、今日ご紹介したような資料を作って、大きいDXの中の「どこまでやりたいか、どこをやりたいか?」を聞いてください。
顧客は、日経新聞や経産省が言っている「DX」というバズワードでしか理解していないので、それをブレイクダウンしてあげることを提供するのです。すると、顧客としても「うちがやりたかったのはこういうことだよ」となります。
Q:DX化された組織では、もれなく全ての社員がプログラミングスキルを獲得している、ということになるのでしょうか?
中山
そうですね、社員がプログラミングスキルを持つことは必要だと僕は思います。これについては面白い話がありますので、こちらの資料をご覧ください。
引用:ポール・グレアム「Yahooに起きてしまったこと」らいおんの隠れ家
ポール・グレアムのエッセイ『Yahooに起きてしまったこと(原題:What Happened to Yahoo)』によると、Facebookの開発者であるマーク・ザッカーバーグはこう言っています。「Facebookは早い時点から、人事やマーケティングのような、プログラミングが主な仕事ではない職種についても、プログラマーを採用すると決めました」と。
そうしないと、改善されないわけです。なおかつ、全ての社員がプログラマーの仕事を理解できなくてはなりません。必ずしもプログラミングスキルの獲得が必須というわけではなく、プログラマーの仕事を理解できることが必要だと思います。