昨年、経産省が出した「IT人材需給に関する調査(概要)」では、「AI人材の需給ギャップ」として、今後AI市場がこのままの平均成長率でいくと、5年後には約9万人の人材不足が起きることが予測されています。
重要なポイントはこの数字だけでなく、AI市場が今後順調に推移してどんどん大きくなっていくと、AIが一部の人たちのものだけではなくなり、仕事やプライベートにも浸透してくるということです。
そんな中で、これからどういった人材育成が必要なのか、非エンジニアである人材、いわゆる「文系AI人材」をメインテーマに株式会社ZOZOテクノロジーズの野口竜司氏と株式会社アイデミーの石川聡彦が対談を行いました。
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野口竜司氏
株式会社ZOZOテクノロジーズ
VP of AI driven business
「文系AI人材」としてさまざまなAIプロジェクトを推進。AIビジネス推進や企業のAIネイティブ化に力を入れる。大学在学中に京都発ITベンチャーに参画し、子会社社長や取締役として、レコメンド・ビッグデータ・AI・海外コマースなどの分野で新規事業を立ち上げる。その後、ZOZOグループにジョイン。副業で大手企業やスタートアップ向けのAI研修の講師やAI推進のアドバイザーも務める。著書に『文系AI人材になる』など。Twitterアカウントは@noguryu
石川 聡彦
株式会社アイデミー 代表取締役CEO
東京大学工学部卒。同大学院中退。研究・実務でデータ解析に従事した経験を活かし、Aidemyの企画・開発を主導。早稲田大学リーディング理工学博士プログラムでは、AIプログラミング実践授業の講師も担当。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(2018年/KADOKAWA)など。
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「文系AI人材」とは?
司会
ではまず、野口さんが『文系AI人材になる』を出版されたきっかけをお聞かせください。
野口
直接的なきっかけは、文系出身者である私自身が、AIをビジネスで活用しなければいけない立場になったことです。データ分析やビッグデータ統合の事業をしばらく見ていて、次の価値を生むにはAIが欠かせないだろうという事実に直面した時に、AIを深く学ぶ必要が出てきました。
文献を探したんですが、当時はPythonやAIのアルゴリズムの解説といった理系AI人材用の書籍しか見つかりませんでした。そういう本を読んでいくうちに、“アレルギー反応”のようなものが出始めて「こんな難しいなら取り組むのやめようかな」と思った瞬間もありつつ、なんとか紐解きながら体系化していったという自己学習の期間がありました。
そんな中で、「自分と同じようなことを感じる人が、世の中にこれからたくさん出てくるんだろうな」と思ったので、私が通ってきた道をそのまま記録して、それをたくさんの人に伝えるために、本にしようかなと思ったんです。
司会
IT業界におけるSEの世界では、文系の方もたくさん活躍されています。例えば上流工程の要件定義では、コミュニケーション力の高い文系出身者だからこそ、顧客ニーズを細かく引き出せるともよく聞きます。こういった人材も、野口さんのおっしゃる「文系AI人材」と同じ文脈と捉えていいのでしょうか。
野口
そうですね、近いと思います。
現在は、既に一定数の「理系AI人材」がいて、業界をリードしています。具体的には、データサイエンティスト、AIエンジニア、MLエンジニアなどですが、それ以外の全ての人材を「文系AI人材」と私は呼んでいます。AIプロジェクトの中には、理系AI人材ではなく文系AI人材がやるべきことがたくさんあるからです。
SEの世界の中でも、システム開発構築などにおいては、文系出身SEさんに加えて多くの職種の方が動くケースが多いと思います。そういった意味では近いのですが、私はもう少し広義に「文系AI人材」を捉えています。
AI企画の解像度を上げるポイント
司会
ここからは実際に企画をやっていく上で、AI企画の解像度を上げるポイントについてお伺いします。
野口さんは著書の中で、5W1Hの観点からわかりやすく解説されています。ここで改めて、簡単に内容をご紹介いただけますでしょうか。
「Who」と「Why」を深掘りする
野口
AI企画の解像度を上げるためには、5W1H(Who・When・Where・What・Why・How)を明確にするのがポイントなのですが、特に大事にしたいのは「Who」と「Why」です。
まずは「Who」の「誰に対して」という部分ですが、単に「お客様」「新規顧客」ではなく、「何々を求めている新規顧客」というように、できるだけ具体的かつ鮮明なターゲット像を描くことです。従業員についても同様に、「何々の業務をしている社員」「何々に困っているスタッフ」とすることが大事だと思っています。
「Why」については、そもそもなぜAIを使わなければならないのか定義することを推奨しています。それがマイナスの解消なのであれば、現状の不満や不便のある部分をいかに取り除くか、本質に立ち戻って深堀ることが重要です。
WhoとWhy、誰に対してなぜ行うのかをまずはしっかりと見つめた上で、テクニカルなこと、つまり、AIの種類やツールの選定といった手段は後で考えるのがおすすめです。
制約条件の明確化
司会
石川さんが考えるAI企画の解像度を上げるポイントは、どのあたりでしょうか。
石川
気をつけなければいけないのは、制約条件です。
目指す将来像があるとか、現在人間がオペレーションしている性能を超えたい、性能100%を出すべきものであるなど、制約条件によって機械学習を使うべきか否かも絞られてきます。一方で、説明可能性と呼ばれる「なぜAIがその反応をしたのか」という理由を知らなければいけない場合など、ディープラーニングの手法ではなく固定的な機械学習を使った方がいいケースもあるのです。
やはり最初に大事なのは、制約条件の明確化だと思っています。あまり手戻りがなく、できるだけ機械学習のプロジェクトを成功に導くためには、これが大事なのです。
ビジネス職のAI企画脳が育つ組織のあり方
石川
ZOZOさんは世間的に見ると機械学習、AIの活用が進んでいると思いますが、AIのシステムを作る前工程としての要件定義や企画づくりは、どのように行っているのか教えてください。
野口
当社では大きく2つのプロセスで企画を固めていきます。
一つは研究所での基礎研究から実用化を目指すパターン。
もう一つは、私たちのような文系サイドがよくやるんですが「AI企画100」という、100本ノック方式で考えられるAI企画をとにかく出す方法です。その後、変化量の大きさを実現性でソートして絞り込むのですが、大量に発案してそこからビジネスフィットするものを選ぶというものです。
最低限のインプットとワークショップ
石川
ビジネス職発信のAI企画には非常に興味があります。野口さんの本の中でも、企画をたくさん見るのが大事であるというのはその通りですよね。ただ、最初の2~3企画は出せても、さすがに100本は難しいのではないか、と思いました。また、実際に課題を抱えている現場の方に企画を作ってもらうことに、難しさはないのでしょうか。何か工夫していることはありますか?
野口
AIの基礎的な知識がなく、まったくゼロの状態からAI企画を出すように言っても、現場の人は身動きが取れず動き出せないので、まずは私が1~2時間の基礎講座を開いて、その後ワークショップで企画を出してもらうようにしています。最低限のインプットは行った上で、現状の業務と照らし合わせて発案してもらう、そういったステップを踏んでいきます。
また、これはプラス・マイナス両面あるのですが、補助的な情報として最初にAIの事例を網羅的にインプットすることもあります。どうしても企画が出せなければ、既存の事例からちょっとスライドさせるなり、そのまま使うなりしてもらいます。
いずれにしても、初動はしっかりとサポートして、企画を出せるベースを作ってから「AI企画100」に取り組んでもらっています。ただ、既存の事例を見すぎると枠に収まりがちになり、大胆な発想が出にくくなるというデメリットがありますので、バランスは考えつつ補助をしています。
石川
現場の課題感を持っている方たちを、ワークショップで仲間に引き入れるわけですね。そこが大事ですよね。
野口
現場に本質的な悩みがありますので、ドメイン知識と現場の深い理解があってこそ、課題解決すべき内容の絞り出しができるんですよね。AIの専門家よりも現場におけるドメイン知識が深く、課題意識が高い人たちに、AIの知識を掛け合わせる方法が本質なのではないかと私は思っています。
文化を醸成して社内に根ざす組織をつくる
石川
ワークショップによって、社内での企画作りや啓蒙をされているわけですが、「手っ取り早くAI/DXを進めるなら、外から人を引っ張ってくるのが早い」という考え方をする方もいますよね。教育に近いような活動には時間も人的コストもかかるから、人材育成ではなく中途採用の方が早いのでは、という意見もありそうです。そういう点については、どのようにお考えですか?
野口
現実的にはハイブリッドでやるべき、というのが答えです。
中途や外部の方々だけで行ってしまうと、内部的な課題解決ができないケースがありますよね。古参の人たちの意識変化や、率先した行動がないと変わらないこともあるので、絶対にその人たちを置き去りにしてはいけません。
基本的には伴走型、協働型、コラボレーション型の進行によって、中期的にもしっかり根ざすような文化醸成・組織作りがベストだと思います。
あとは時間軸との戦いでもあります。短期的なプロジェクト成功と、文化・組織作りにおける時間軸が違う場合もあるので、それをうまく組み合わせることは必要ですね。