この連載は、2021年10月19日に行われた 第2期 AI 研究会 第5回「AI人材育成と採用」でアイデミーが登壇し講演した内容の一部を編集したものです。
2021年7月から10月に渡って開催された本イベントは、日本経営合理化協会 (JMCA) の会員企業向けセミナーとして、株式会社レッジが企画・運営を行いました。アイデミーが担当した講演「企業の DX 推進が準拠する標準ガイドライン」の目次は次の通りです。
1章: なぜ AI 人材が必要か? | 2章: 製造業 DX の2つの照準 | 3章: 逆算的組織戦略の適用 |
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1.1 ソフトウェアが変えた世界 1.2 ソフトウェアが変えた企業 1.3 価値と競争力の源泉 |
2.1 卓抜の先行事例 2.2 DX の全体像と時系列 2.3 工程革新と製品革新 |
3.1 勝ち筋を見抜く 3.2 職種定義と組織開発 3.3 DX の劈頭 |
どの業界にも共通する普遍的な内容を述べた第1章「なぜ AI 人材育成が必要か?」を AI-CAN 限定で公開します。連載1本目となるこの記事は、第1.1節「ソフトウェアが変えた世界」です。
ソフトウェアが変えた世界 _ 5つの業界
まず第1章「なぜAI人材育成が必要なのか」には3つのポイントがあります。これら3点を順にお伝えしていきます。
- 「ソフトウェアが世界を変えてしまった」という点
- 「ソフトウェアが企業を変えているし、ソフトウェアによって変わった企業は成功している」という点
- 「ソフトウェアが価値と競争力の源泉になっている」という点
「ソフトウェアがビジネスの世界をすっかり変えてしまった」という事実を、The Wall Street Journal のコラム「Why Software is eating the world」を通しておさらいしましょう。このコラムは、アメリカの連続起業家で、ベンチャーキャピタル Andreessen Horowitz の設立者 マーク・アンドリーセン氏が 2011年に書いたものです (a16z のサイトにも掲載されています)。これは 10年前の記事ではありますが、2021年の現在でも通用する深い示唆に富んでいます。
1 書店
例えば、書店は Amazon に置き換わりました。今さら改めて強調するまでもなく、Amazon の競争力は、小売店を必要とせず、オンラインでの販売を可能とする「ソフトウェア」です。従来型の書店チェーン Borders が破産の危機に瀕している間に、Amazon は「オンライン書店」として存在感を高めました。
EC (ネット通販) の黎明期には「購入前に商品の質を見て確かめられないから EC は信用できない」という考えがありました。確かに衣料品や日用品などは購入前に現物を見て品質を確認したいところですが、EC の黎明期にそれは困難でした。
ただ「書籍」という商品が特別なのは、現物を見ずとも内容の品質を確かめられる点です。当時まだ実績の少なかった EC 事業で消費者の信頼を獲得するために、Amazon が最初に取り扱う商品を「書籍」とした戦略には確かな先見の明がありました。
続く電子書籍リーダー Kindle も、紙の書籍以上に電子書籍を強く押し出して宣伝した最初期の事例の一つで、非常に画期的な事業です。Amazon は EC を中核事業とした当初から、自身のウェブサービスの整理から誕生させたクラウドサービス AWS (Amazon Web Services) の創造まで、一貫してビジネス環境をソフトウェアで革新しつづけています。
2 映像
映像業界をソフトウェアで変革した立役者は Netflix です。当時レンタルビデオ事業を展開していた Blockbuster は、Netflix によって骨抜きにされました。レンタルビデオというハードウェアに固定された事業モデルを、ストリーミングというソフトウェアによって定義される事業モデルが飲み込んだ形です。2021年の日本でも、テレビよりも Netflix を見るという人が増えています。
アメリカは日本よりもケーブルテレビ産業が盛んで、多くの事業者が存在します。彼らも Netflix に倣い、従来型のテレビ会社からインターネット型の映像メディアへの転身を進めています。刷新された映像ビジネスの世界で今も活躍する Comcast や WarnerMedia は、TV Everywhere などでソフトウェア駆動の事業モデルへの転身に成功した企業の好例です。
3 音楽
iTunes Store による 1曲200円のダウンロード販売から始まった音楽業界の転換は極めて急速に進み、今では Spotify や Pandora を代表とする「ストリーミング産業」として全く新しい姿に変容しました。2021年の現在では YouTube Music や AWA 、 LINE MUSIC などの後発も台頭しています。
すでに CD の販売は音楽産業の主な舞台ではありません。2020年 第71回 紅白歌合戦で『夜に駆ける』をテレビ初披露した YOASOBI が、CD 未発売の歌手として異例の紅白出場者だった [1] ことはまだ記憶に新しいでしょう。多くの人にとって CD を購入する機会は、かつてに比べて激減しました。
新しい音楽産業の主流は YouTube でプロモーションし、ストリーミングでファンを獲得し、ライブに集客するスタイルです。コロナ禍でコンサートの開催は難しくなりましたが、いずれにしても音楽ビジネスは「ソフトウェア」を基準に大きな変貌を遂げました。そのオリジナルの仕掛け役は Apple であり、iPod と iTunes であったと言えるでしょう。
4 娯楽
前述のマーク・アンドリーセン氏のコラムでは「サッカーゲーム FIFA 等を制作する EA (Electronic Arts) や任天堂のような、伝統的なゲーム企業の収益は、停滞または減少している」と言及されています。確かにコラム公開当時2011年の最大成長企業 Zynga 社 (FarmVille など) はゲームの完全オンライン配信で成功しており、2021年 Q1 の収益 $ 235M は前年の2倍以上の業績です。2009年後半にほぼ破産状態だった Rovio 社 (Angry Bird など) も、ソフトウェア駆動のビジネスモデルにより 2011年の予想収益を $ 100M と大きく躍進させました。
しかし商品自体がソフトウェアである特性からか、変化の速いゲーム業界の転換はコラム以降の10年間でもう一回りした印象です。現在の EA は2011年と異なり、2021年4月時点で1億人のユーザを抱える [2] オンラインシューティングゲーム APEX Legends で空前の成功を収めています。任天堂もゲーム販売プラットフォーム Nintendo eShop や、継続型サービス Nintendo Switch Online を次々と市場に投入し、存在感を高めています。
特に注目したいのは Nintendo eShop です。App Store、Google Play といった「プラットフォーム事業」の強みは、他社製品ですら売上になりえる点です。Nintendo eShop も他社タイトルを多数ラインナップしており、任天堂は「グローバルなソフトウェア販売プラットフォーム事業」を実現している日本でも稀有なソフトウェア企業の一つです。
5 映画
ディズニーの CEO ボブ・アイガー氏は、2013年の株主総会で「もう手描きアニメを制作していない」と発言しました [3]。その理由は、2006年の Pixar 買収を通じて技術を獲得し、従来の制作手法に代わって「ソフトウェア」でアニメーションを作るようになったからです。
実際に『チキン・リトル』(2005) に始まり、『塔の上のラプンツェル』(2011) や『シュガー・ラッシュ』(2013) などの 3D CG 映画を続々と公開する一方で、手書きアニメーション映画は『プリンセスと魔法のキス』(2010) を最後に新作が公開されていません。ここからも、ソフトウェアが確実に世界を変えていることが見て取れます。
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第1.1節「ソフトウェアが変えた世界」では、ソフトウェアの登場が、あらゆる業界で大転換を引き起こしたことを確認しました。2011年のマーク・アンドリーセン氏のコラムを再読し、転換に成功し激動を生き抜いた企業、他所から技術を獲得した企業、これを好機に従来企業に対する優位性を築いた企業などの事例に加え、2021年現在の最新動向も補足的に概観しました。コラムには他にも沢山の事例が紹介されています。詳細を知りたい方はぜひ記事の本文も参照してみてください。
第1.2節 ソフトウェアが変えた企業に続きます。